第205回 (2023年7月26日)
朝顔に釣瓶とられてもらい水。
夏の朝にふと思い出す俳句だ。朝顔の蔓が井戸の釣瓶に巻き付いている。健気に咲く朝顔の蔓を傷つけまいと隣の家に水をもらい出るといった意味だろう。たった17文字で俳句は見事な情景を描き出す。
小噺風に描くとこんな風か。「ふえ~、昨晩も呑み過ぎちまっていけねえや、ちょっくら顔でも洗ってくるとするか。おっと、井戸の縄釣瓶に蔓が絡まってらぁ。まあ、きれいに咲いてくださったねえ。水を汲むと蔓を切っちまいそうだ。仕方ねえ、隣にもらい水とするか」と、家人が素っ頓狂な声で「ちょいとお前さん、朝顔がもう一輪、ぱあ~っと大きな花を咲かせたよ」。返り見ると、「おったまげた。見事だねぇ。これぞ蔓の恩返し!」
タウン誌の記事だとこうなるか。集合住宅2棟の一角にそれぞれ古い井戸が残っている。住民たちは生活用水として今も共同で使っている。夏になると、片方の棟から隣の井戸まで水を汲みに行く姿が目に付く。毎日鮮やかに咲き住民を和ませる朝顔の蔓が井戸の縄に巻きついており、うっかり釣瓶を引っ張り上げると蔓を切ってしまう可能性があるためだ。しかしこの夏、隣の棟の住民たちから苦情が出始めた。このままだと、隣の井戸が枯れてしまうとの懸念が浮上したからだ。両棟の自治会で話し合いがもたれ、紛糾を重ねた。ある朝、朝顔の傍に支柱が1本、設えられていた。
真夏の夜の夢。妄想が膨らむ。そういえば朝顔は秋の季語だそうな。
(盛)